幻の女たち (1)
浅川マキ
1994年1月
 
 日本のシンガーで新譜が出たら必ず買うと言えば、男では井上陽水、女では浅川マキだ。ちなみに外国では断然ジョニ・ミッチェルだ。ジョニ・ミッチェルや井上陽水についてはまた別の機会に書こう。ここでは浅川マキというシンガーについて。
 どこからでも良いが、まず『マイ・マン』というレコードから入ろうか。浅川マキを知っている人はそう多くないと思うが、知っている人は一様に「暗い」と言う。たしかに暗いかも知れない。しかしその暗さの行方が重要だ。
 浅川マキの暗さは、ほんとうに聴いてみれば分かることだが、或る種の存在の確かさから来ていると思う。
 『マイ・マン』の冒頭、「マイ・マン」という曲はこうだ。
 「あたしのあのひと/そう あたしの彼は/冷たくて じめじめ/それに いつも疲れているの/物語に出てくるヒーローでもないし/ルックスも良くない/コストが大きいったら ありゃしない/そう/それに彼には/いつでも二三の女がいるらしいの/そう それが いま あたしの彼なのよ/あたしが 人生を賭けてるなんて/あの男は知らない/だけど いいのよ オーライ/本当じゃないって 何になるの/どうせ あの男のとこに戻るわ/雨が降ろうと 寒かろうと/あの男は そう マイ・マン」(原詩は C.Pollack 原曲は Maurice Yvan 日本語訳詩が浅川マキ) 。
 ここに現れてくるものは非常に微妙だが、しかし決定的なものだ。
 「あたしが 人生を賭けてるなんて/あの男は知らない」
 そう、ここを聴くたびに私は「人生を賭ける」という事の意味を新しく知ることが出来る気がする。
 ついで『アメリカの夜』というレコードの中の「アメリカの夜」を聴こう。
 「知っているかい/あのシネマ「アメリカの夜」をさ/なにもかもがブルーのフィルターに紛れている/そうさ いま このサングラス気に入っている/目を逸らさないで/今日という日に/目を逸らさないで/僕を真正面から見て欲しい」(作詩・作曲 浅川マキ)
 この曲を作曲当時、浅川マキは失明寸前であったという。幸い手術によってそれは免れたが以後、深いサングラスで目を護ることが必要になった。そのことを抜きにしても、この曲を聴くたびに、初めてこの曲を新宿のコンサート会場で聴いた時の衝撃を思い出す。思えばとても寒い夜であったような気がする。いろいろと思い迷うことばかり多くて少しも前に進まない時であったはずだ。だからこそ、この曲がしみ込んできて、それによって何か助けられたような気がする。
 浅川マキは小さなライブハウスで歌う。歌はうまくない、と思う。音程をはずす、声量もあるほうではない。客層はオジサン、オバサン中心の固定客。若い客はほとんどいない。人気があるわけではないのだ。しかしその声は、届くべきところには届いている、そういう確かさがある。ライブハウスでの浅川マキは、実に存在感があって、届けるべき声を、届けるべき人たちに向けている、という実感につつまれている。私はレコードだけでなく、この空間につつまれたくて、浅川マキのライブに通う。それは、何か、人間の出会いの原型のような気がする。
 
 
 
 
 追記:浅川マキは小説も書いている。題して『幻の男たち』(講談社)。これはまた類まれな小説である。彼女が男たちとの出会いの中から得たどこか遙か遠くへ連れ去られるような幻の力について記した小説。一読をお薦めしたい。そこでこの小文のタイトルもこれに倣った次第。
(1994年1月)
 
追記の追記
 東京に住んでいた頃は、毎年年末に池袋文芸座地下のル・ピリエという空間で浅川マキの年越しコンサートがあった。寒い中をずいぶん待って入っていた。あの文芸座も、いまはもうない。
 昨年は、新宿ピットインで浅川マキを聞いた(新宿ピットインも、昔とは場所が変わった)。開演前に近くの牛丼屋に入ったら、マキのバンドのピアニストの渋谷毅がいた。
 
 インターネット上に浅川マキのホームページが存在していた。
 関心のある方は、浅川マキのホームページを探してみて下さい。